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Cogilove’s diary

2015年12月に15歳11ヶ月でコーギーのランを亡くし、2016年2月生まれのトライカラーコーギーのこーと再び暮らす事になった日々を綴ります。

今更凄く根本的な事

初めてコーギーと暮らす事になった時に比べれば
色々とわかる事もあるし、こうすれば良かったという事もたくさんある。
以前より上手に(?)育てられるのではないか。
そう思ったからこそ、こーをすんなり迎えた事は事実。

勿論「あー同じ行動」なんて事はよくあるし
手探りの時より余裕でいられる場面も多い。

でも、頭でっかちという意味で言えば
一度まっさらにした方が良いような気がしてきた。

個性が違うとか、育て方論が変わってきたとかそんな事じゃなくて
もっと基本的な事だ。

どうしても「ランはこうだったのに」がやたらと出てきてしまい
ヤンチャなこーを見るにつけ、しつけ教室に行くべき?なんて考えたりもしたけれど
やれマズルコントロールの是非、やれお菓子でご褒美・・・うーん、どうなんだろう。

そもそも、ランが「お手」をするようになったキッカケは
お散歩から戻って手を拭く時に「おててちょうだい」と声を掛けていたからだ。
単に言葉を勝手に覚えたとも言う。

こんなものは別に芸として教える必要なんかない。

実際、フセとか教えなかったけれど、元々手足が短いんだから
お座りなのかフセなのかわからないw←それはコーギーだからだ

「待て」はちょっと教えたけれど
どれだけ長時間待てるか?なんて事は殆どしなかった。
飛び出したりした時に制止できないのは危険だから教えたのであって
ご飯を前にひたすら我慢させる意味はないと思ったからだ。

つまり、ランは躾でイイ子になったわけではない。
大人しく待っている事ができたのは
元々の性格がそうさせた部分が大きいと思うけれど
今のこーと、同年代の記憶だったかと言うと・・・かなり怪しい。

大きくなってからの記憶ばかりが脳内で優先されていると考えると
やはりあれは、年月を経て積み重ねていった信頼関係の結果に過ぎない。

そういえば、犬と人間ってこんなに意思の疎通が取れるものなんだ!
って感動していた事を思い出した。
それなのに今は「ナゼ意思が伝わらない?」から入っている。

待て!(そっちは危ない!)「は!(立ち止まる)」
お耳掃除するよ。「ちょっと嫌だけど、はいお願いします」(膝に乗ってくる)
目薬するよ。「(我慢我慢)」

この人は自分のためにやってくれているから、任せておけばきっと大丈夫。
そう思ってくれたからこそ、ランも行動で返してくれていたのだろう。

まだ関係を作っている段階なのに、何でランと違う反応なんだ?って思うのは
十分イイ子なのに、間違っているよね。

今更ながら、かーちゃん反省。

f:id:cogilove:20160605180837j:plainランねーちゃんだって、甘噛みしてるでし! byこー